GOKAN -五感- 【2015.10.03】

シンプル、模索中

シンプル、模索中

先月、一つ歳を重ねました。
不惑の歳なんて世間で言われている年齢になったわけですが、とんでもないとんでもない。惑うことばかり。まだまだ自分らしい暮らしや人生について模索や探求を繰り返す日々です。
新たな歳を意識しはじめてから、これまで絶対に「できない!」と目を背けていたことを「できる!」に変えるべく、コツコツと日々の暮らしを見直しています。


そのひとつ、

「洋服と本を処分する」

素朴過ぎですね。すいません。



ことの始まりは中学生の娘に片付け方を教えてほしいと言われて彼女の部屋の整理収納を一緒に見直したことでした。いるものといらないものをひとつひとつ分けながら、まずいらないものを娘が納得した上で 潔く処分。本当に必要なものだけを寄りすぐった部屋で過ごす娘はとても晴れやかな表情でしたし、現在も散らかるというリバウンドも以前に比べて減りましたし、不要な買い物もせず快適そうに過ごしている姿は見違えるようです。



我が家は棚やタンスなど目に触れる収納スペースは極力持たず、壁面収納や家に作りつけた収納スペースの範囲内で過ごそうと努めています。そのほうが部屋が整然として見えますし掃除もしやすいので。

とはいえ私の場合、若く結婚して右も左もわからぬまま家を建て20年ほど暮らしているため、着実に物が増えました。特に洋服と本とは仕事柄仕方ないと思っていたふしもあるのですが増える一方。自分なりに吟味して選んできたつもりでしたが、歳を重ねるにつれて今の自分には似合わない服や、スキルに合わない本があるかもしれないと思い直して向き合ってみたわけです。すると、あるはあるは、手放してもよい品の数々。実際に手放すことを実行しながら暮らしてみると、処分する前は不安に感じていたような不便は無くむしろ心穏やかな日々。
いやはや、凝り固まった思い込みや自分への過信はいけませんね。
謙虚な気持ちで家を見つめ直してみると、もっとシンプルに暮らせるのではないかと思うに至り、現在も気づいたときに小さなスペースから少しずつ物の数を減らしていく片付けを継続しています。


そんな暮らしを試みてみると、不思議なことに手元に残っていくのは素朴なものや、手間暇かけて作られた昔ながらの味わいと包容力のある道具であることに気づきます。
例えば調理器具は竹で編んだザルや蒸籠、土鍋、鉄瓶や漆器をよく使います。
気に入った器が割れたり欠けたりしても新しく買い足すのではなく金継ぎを習って修繕して大切に使うようになりました。


鰹節削り器も重宝していて、削りたての鰹節で作るお出汁は何物にも代え難い豊かな気持ちをもたらしてくれます。



鍋も磨けば何代にも渡っても使える質実剛健なドイツ製のものを祖母や母から譲りうけ、壊れたらパーツを取り寄せ修繕しながら永く使っています。

掃除も道具を長持ちさせるため棕櫚のタワシが重宝しますし、石鹸と酸素系漂白剤、セスキ炭酸ソーダがあれば道具のみならず家中どこでも掃除や洗濯ができるので、洗剤や掃除にまつわる道具の類が簡素化されました。
大抵の汚れは石鹸で落ちます。手肌にも優しいです。



大正生まれの祖母は生前、煮沸消毒と粉石鹸で家中ピカピカにして暮らしているような人でした。


セスキ炭酸ソーダは重曹より水に溶けやすくて程々のアルカリ性なので油汚れや血液など油脂やタンパク質を含む汚れは面白いほど綺麗にとってくれます。
それらが落としきれないシミやひどい汚れは酸素系漂白剤で落ちます。



これらで洗濯物も部屋の掃除もキッチンやお風呂場、トイレなど水周りなど各場所に合わせて洗剤を用意しなくても充分事足りるので収納も買い物もシンプルになりました。


我が家ではガスコンロカバーを使わなくなって久しいです。カバーをつけなくなったことで掃除がしやすくなりました。古い家ではありますがガス業者さんに「綺麗に使ってますね」と褒めていただき嬉しかったのを覚えています。



タオルやシーツは古くなったものから小さく刻んで掃除用のウエスにしたり(画像にあるベトナムで買った籠に入れて掃除の際に気分を上げています!)、束ねてハタキにして使い切って捨て、
値は張りますが丈夫で長く心地よく使えるリネン素材のものに少しずつ買い替えています。


自分の傾向を逆手にとって暮らしてみることも効果的。
子育てと仕事の両立という自分のライフスタイルを考えて、仕事場と居住の場を同じくしたのですが、いざはじめてみると、レシピ作成にまつわる料理の撮影もスクールの生徒さんや打ち合わせのお客様も、自宅に来ていただく機会が多くなり、適度な緊張感を持って掃除や片付けを継続出来ています。私は恥ずかしながら根っからの怠け者でして、そうは言っても人様に恥ずかしくない程度にはちゃんとしなければという理性もかろうじて心の片隅に持ち合わせているといった人間なので、そんな自分にとっては結果的によい環境だったのかなと。作り置き料理の腕があがったのも怠け者な性格ゆえのことと前向きに捉えています。



インターネットの発達や科学技術の発達により多種多様な情報や物や事が世には溢れ、欲しいと思えば極限られた特別な人でなくても簡単にそれらを手にできる時代になりました。より豊かになったり暮らしやすくなったり効率的に時間を過ごせたりという恩恵があるはずなのに、
「断捨離」
「持たない暮らし」
「ミニマリスト(最小限主義者)」
「使い切る工夫」
「シンプルな生き方」
という言葉の数々で表現されるような、日常を素朴に丁寧に手間暇かけて楽しむ暮らしが見直されているのは なぜでしょうか。
たくさんの選択肢があるということはとても恵まれていて幸せなことですが、目まぐるしいほどに選択を繰り返さなければならないことは時には疲弊するもの。
シンプルさを日常に求めようとすることは、そういった疲弊した頭や心を休めて整えたいというあらわれかもしれません。
電子レンジに放り込めば煮込みも蒸しものもできてしまう容器がもてはやされたかと思えば、コツコツとお金を貯めて 決して安価とはいえない昔ながらのおひつや漆器のお重を大切に買い求める。
現代社会の中に最先端の道具と昔ながらの和の道具が見直されたり求められ混在している暮らしの風景を見るにつけ、なんて面白い時代の流れなんだろうと思ったりします。



みなさんの暮らしは、満たされていますか。
快適ですか。
私もまだまだシンプル模索中。これからの暮らしが楽しみです。

道廣 喜子Kiko Michihiro
「GOKAN」担当

<Salon LAKSHMI(サロン ラクシュミー)代表/料理家・美容家>
公的機関の医療者として精神科とNST分野に携わりながら、インファント(乳幼児)マッサージや世界各国の美容技術、アロマテラピー、美容食学、薬膳インストラクターといった美容と食にまつわる国際ライセンスを多数取得。
様々な知識を軸にサロン・スクールを立ち上げ独立する。
『生まれてから死を迎えるまで、医・美・食の調和がとれたサービスと知識の提供』をコンセプトに 広い世代に向けた香育・食育・触育の講演活動、専門学校にて解剖生理学・栄養学講師をつとめる。飲食店やイベントにおけるフードスタイリングやディレクション、空間デザインをてがけるほか、メディアにてレシピ提供やコラムの執筆もおこなう。
不定期開催されるワークショップは即時満席となる人気の企画となっている

[公式ブログ] http://ameblo.jp/lakshmi-aroma/?frm_id=v.jpameblo
[ホームページ] https://kikokitchen.amebaownd.com/

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