ふくいステキ女史 【2016.02.20】

認定こども園 新田塚幼稚園/村上 徳子さん

認定こども園 新田塚幼稚園/村上 徳子さん

【看護師をやめて幼稚園教諭に…園の保育に心を打たれたんです】

松本:まずは、幼稚園の紹介と村上さんのお仕事を教えてください。
村上:はい。私たちの「認定こども園 新田塚幼稚園」は、今年で創立46年を迎えた福井市内幼稚園です。「親鸞聖人」の生き方を学び、「いのちいただいてありがとう」、「おかげさま」の心を大切に、心身ともに豊かな子どもたちを育てることを目指しています。これまで送り出した卒園児は2800名にも上り、保護者として園に戻って来られる方々も多くいらっしゃいます。今年度より、「認定こども園」として新たなスタートを切りました。
私はここで幼稚園の教諭として日々子どもたちと奮闘しています。今年で12年目ですね。


松本:12年ですか。どちらかの園から転職されたのですか?
村上:以前は看護師をしていたんです。結婚、出産を機に、しばらく家庭に入っていたのですが、下の子どもが、在園中に幼稚園教諭の免許を取りました。そして、娘と入れ替わりで、私が職員として入園?しました(笑)


松本:興味深いご経歴ですね。なぜ幼稚園教諭になろうと決心されたのですか?
村上:幼稚園の先生になりたいというのではなく、ここ「新田塚幼稚園の先生」になりたかったんです!幼稚園には子どもたち2人がお世話になりました。主人の転勤で他の幼稚園にも通っていたのですが、子どもの心にどっぷりと寄り添い、とことん時間を割いて子どもたちの本心を引き出す新田塚幼稚園の保育に惚れ込んでしまったんです。正直「目から鱗」でした。




松本:どんなところが「目から鱗」だったのですか?
村上:私自身も2人の子どもを持つ親で、これまで自分なりに必死に育児をしてきたつもりでした。でも結局は、自分の求めるイメージを押し付けて、子どもたちの前にレールを敷いてしまっていたんですね。園の先生方の関わり方を目の当たりにし、その子らしさやその子の独自の思いを引き出して、のびのび育てていなかったことに気づかされました。今まで娘たちは、どれだけ窮屈な思いをしてきたのだろうと、反省の日々でした。
この時期の子どもたちにとって、本当に必要なことをもっと学びたい、そしてそれを一生の仕事として、多くの子どもたちやそのご家族の方々に伝えていきたい・・・そう思ったとき、新しい人生プランを夫に伝え、協力を懇願していました。


松本:熱い思いですね。とはいえ、家事や育児をしながらの免許取得は大変だったでしょう?
村上:1年かけて通信教育で取得しました。日中は幼稚園の保護者会のお手伝いをし、夜、子どもたちが寝静まってからテキストを開くといった生活でした。目指すものが具体的で、はっきりとしていたので頑張れましたね。実は同じように、在園児の保護者でありながら、園の教諭を目指すママ友がいました。一緒に頑張れたというのも大きかったと思います。みんなに公言してしまった以上、もう後には引けないぞ・・・と、自分にプレッシャーもかけていましたが(笑)


松本:強いご意志があっての成果なんですね。素晴らしいです。さて、念願の入園(就職)を果たされて、いかがでしたか?
村上:毎日が新鮮で、かなり張り切っていたと思います。しかし、正直なところ、3年ほどは日常業務に追われる毎日で、混乱していました。それまで見てきた「保護者の視点」が「職員の視点」に変わり、先生方の喜びや涙やご苦労が見えるようになったことも大きかったと思いますね。




松本:理想と現実のギャップですね。分かります。どうやって乗り切られたのですか?

村上:私たちは日頃子どもたちに、嬉しいことも悲しいことも素直に伝えあおうと話しています。なので、先輩の先生方にもたくさんお声掛けいただき、乗り切れたのだと思います。中でも私にとって「第2の母」でもある、副園長先生には、心の内をたくさん聴いていただき、支えていただきました。


松本:例えばどんなことですか?
村上:職場で気持ちを張り詰めている分、家では良いも悪いも素の自分が出るもので、ついついイライラをぶつけてしまうこともありました。2人の娘たちに、義務のようにお手伝いをさせてしまったり・・・。しかし本来その役割は私がすべきことで、娘たちは、私を助けようという思いでしてくれた行為です。お手伝いしてくれることを「当たり前」だと考えているのはおかしいと指摘されたんです。それからは、毎日「ありがとう」をたくさん伝えるように心掛けました。そしたら、家事との両立についても柔軟に考えられるようになりました。イライラも減りましたね。




松本:いろいろなところから教えられるものですね。
看護師のご経験は生きていると感じられていますか?
村上:あえて意識はしていませんが、他の先生が判断に迷う時は相談に来られます。病院へ行くべきか、様子を見るべきか、とか・・・。職場の仲間に「心強い」といっていただけるのはありがたいですし、お役に立てるのは嬉しいですね。


松本:最後に今後の展望をお聞かせください。
村上:子どもたちは1人1人違います。結果にばかり目をやるのではなく、そこまでの過程もしっかり見つめ、それぞれの思いに真剣に向かい合っていきたいです。私たち職員は、毎日子どもたちから学ぶことばかりです。こんな機会に巡り合えたことに感謝し、園の柱でもある「まことの保育」を極めていきたいと思います。



<後記>
子どもたちのお話しになると目を輝かせ、子どもたちの素晴らしいところを熱く語られた村上さん。時に目に涙をいっぱい溜めながら、子どもたちから学んだことを話してくださいました。常に全力の村上さんは、ボディーペイント遊びや泥んこ遊びも、子どもたちと一緒に色まみれ・泥だらけになりながら遊ぶんだそうです。ステキな先生ですね。
村上さん、ありがとうございました。alicaスタッフ一同、村上さんの今後のご活躍を心からお祈りしています。


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<インタビュアー:松本 昌代>

株式会社ドリームワークス 研修講師兼アドバイザー
長野県松本市出身、同志社大学文学部卒。
大学卒業後、学校法人河合塾に入社。8年間で延べ1,500人を超える受験生の進路指導をする。同時に新規事業の立ち上げ、市場調査、職員の採用や育成にも携わる。
その後、お客様サービスセンターを運営する大手企業に入社。社会保険労務士・産業カウンセラーの資格を取得し、総勢200名のスタッフの労務管理を実施。スタッフの定着化に大きく貢献。
結婚・出産を機に退職し家庭に専念。2013年株式会社ドリームワークスに入社。研修講師兼アドバイザーとして活躍中。家庭では、夫と3人の子供、猫3匹と暮らす


<写真撮影:杉下美智代>

株式会社ドリームワークス社員/alica運営管理担当

2013年株式会社ドリームワークスに入社。働く女性応援情報サイトalica(アリカ)の運営担当に抜擢。コラム「マイライフ」の執筆のほか、ふくいステキ女史のインタビュアーやカメラマンなど、運営管理を一手に任されている。



Photo
村上 徳子Tokuko Murakami

3年間看護師として勤務していたが、結婚を機に退職し、2人の子供を出産。その後、子供を通わせている新田塚幼稚園の教育方針に感銘を受け、自らが幼稚園教員免許を取得し、新田塚幼稚園に就職。現在12年目。

[ホームページ] http://kids.nittazuka.jp/

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